Kiss



―― 眩暈がするようなキスをする。

「・・・・ぅ・・・ん・・・・・」

エースのキスは何時だって唐突で執拗だ。

今だってほんの少し前までは一人でハートの城の庭を歩いていたはずなのに、気が付けば捕まっている。

「んっ・・・・は・・・・・・」

許されるのは短い息継ぎだけ。

それだってちゃんと吸うか吸わないかのうちに唇が被さってくるのだからたまらない。

けれど、抗議のためにエースの胸を叩いていた手は今は彼の真っ赤なコートを掴むばかり。

(・・・・いつも、こう。)

翻弄される。

戯れに絡めたり歯をなぞったりする舌に、唇の温かさに。

それだけじゃない。

背中を支えるようにしながら時折撫でるように動く手のひらにも、後頭部を捕まえたまま僅かに髪を梳く指先にも・・・・エースの全てに翻弄される。

「っ・・・・」

息苦しさにうっすらと閉じていた瞳を開くと、目の前に赤い瞳が見えた。

それはさっきまで見ていた薔薇の赤とは違う。

(ペーターと同じで・・・・でも、違う。)

この世界に引きずり込んだあのウサギも真っ赤な目をしているけれど、ペーターの瞳は澄んでいた。

アリスに向けられる目も、この世界を見る目もすべて赤のフィルターのかかった透明で、だから底が見えない。

澄んでいるものは深さがわかるようでわからないものだ。

ペーターはそういう瞳をしている。

けれど、目の前にあるこの瞳は。

(・・・・血の色・・・・)

鮮やかな赤。

それは何より飛び散る鮮血を思わせた。

そう・・・・このハートの騎士が望んでいないと言いながらいつも纏うその赤に。

ペーターとは違う。

間違っても澄んでいるなどと言えない瞳は、それでもペーターのそれと同じように底が見えない。

破滅を望んでいるのか、幸福を求めているのか、それさえも。

「はあっ・・・!」

不意に唇が解放されてアリスは勢いよく息を吸い込んだ。

その様子にエースが可笑しそうに口許を笑みに変える。

「大丈夫?苦しそうだね。」

「誰のせいよ・・・・!」

「あ、俺?」

「他に原因があるなら教えて欲しいわね。」

ぎりっと睨み付けるとエースは小さく肩を竦めた。

「うーん、俺はそれほど苦しくないんだけどなあ。」

「当たり前よ!あんたの肺活量と同列に考えないで!」

「えー?」

「えー、じゃない!まったく、キスで窒息死なんて三文ロマンス小説にもないのに。」

ため息をつくようなぼやきに、エースは口角を上げた。

いつもの爽やかが貼り付いたようなそれとは違う笑み。

「いいな、それ。」

「は?」

「キスで殺す、なんてロマンチックだよな。」

試してみる?と覗き込んでくるエースは恋人に戯れを言っている普通の青年と変わらないように見えた。

―― でも、知っている。

その血の色の瞳は笑っていないことを。

(ああ・・・・そうね。貴方は私を殺したがってるんだものね。)

方法はどうあれ、エースの瞳の中にその感情があることに気が付いたのはずっと前だ。

けれど、だから知っている。

殺したいと思うのと同じぐらいに、エースはアリスを愛しているのだと。

(愛情と殺意が表裏一体だなんて、なんて狂った人。)

それでも・・・・それを嬉しいと思ってしまうのは自分もまた狂ってしまったのだろうかと少しだけアリスは苦笑する。

その笑みをどう捉えたのかエースがつぅ、とアリスの頬をなぞった。

優しい仕草、恋人を愛でる指先。

けれど、その手が次の瞬間剣にかかって自分を斬ったとしてもアリスは驚かないだろう。

「アリス?」

紡がれる自分の名前は甘く響く。

「・・・・試してみればいいわ。」

(キスでも何でも、殺してみればいい。)

アリスの言葉にほんの少しエースの目が驚いたように開いて、すぐに笑うように細くなった。

「君って、本当に無茶するよね。」

顔は笑っているのに、その言葉に僅かに困惑が読み取れたのは気のせいだっただろうか。

ただ次の瞬間にはエースの手は剣にはかからずアリスの顎を持ち上げて再び唇を奪っただけだった。

「・・・・・ん・・・・・」

(試して・・・・みればいいのよ。)

殺したいと思うほど愛して、愛されたために殺されるのなら。

―― 最期の瞬間までその血色の瞳を見つめて手を伸ばしていてあげる。

目を閉じるその瞬間まで貴方を見つめて、永遠に貴方だけのもので終わる瞬間を見せてあげるから・・・・。

「ふ・・・・・・・ぁ・・・・・」

「・・・・キスの途中で考え事なんて余裕だね?」

唇に直接言葉を吹き込まれるような距離でそう言われて、アリスは顔を歪めた。

少しだけ困っている、というように。

「・・・・そうでもないわ。」

だって考えているのはエースの事ばかりだもの。

続きを紡ぐより先に唇に降ってきたのは、殺すには優しすぎるキスだった。















―― もしいつか貴方に殺されるならそれもしかたないけれど

        私のいなくなったその後でこのキスを思い出して少しだけ唇に触れてくれればいい・・・
















紅い赤い瞳が、瞼の裏に焼き付いた。




















                                              〜 END 〜

















― あとがき ―
クローバーのエースを見ていて真っ先に思いついたのがこれ。
なんかもう、行く所まで行ったなという印象に・・・・(^^;)